”愛媛の鉱物・鉱山”ようこそ掲示板
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懐かしきかな!新居浜大丸のレストラン!
投稿者:
管理人
投稿日:2012年 5月17日(木)23時35分14秒
返信・引用
結晶偏頑様
**塔のこと、よくわかりました。
場所が全然違うようですね。
むかし、社会人になって初めて新居浜を訪れたのは
昭和62年、1987年の春でした。
赴任する労災病院や市役所など、一通りの用事を済ませて
お昼は、新居浜大丸の最上階にあったファミリー食堂で摂りました。
大きなガラスの向こうには一面の工場が眼前に広がっており
さすが四国一の工業都市だ、と感心したのをよく憶えています。
間近に高い塔のような構造物が聳えていたように思うのですが・・
煙突ではなく、上に家のような構造物が乗っており
あたかも原爆の実験施設のように感じたように記憶します。
どこかに、そのとき撮った写真が眠っているはずですが・・
また、探してみることにしましょう。
あれから早や25年、新居浜も随分と変わったように思います。
それだけ小生も年を取ったと言うことです。
少年老いやすく学成り難し・・光陰を軽んじすぎた25年だったと悔むだけです。トホホ・・
槙の川の魚眼石、さすがに見事です。
光線の具合によって色合いが異なるのも不思議ですよね。
色合いが変わると言えば、ネオジウムーランタン石というか木村石も
蛍光灯と太陽光では色が全然違うのですよね。
あれも今も不思議に思います。
理由がわかれば、ぜひお教えください。
弐壱様
別子訪問、お疲れ様でした。
多くの情報を得られてよかったですね。
あのあたりから稜線にかけては、ツガザクラやアカモノの自生地になっていますので
立入禁止です。故伊藤玉男先生に見つかれば、まあ1時間は説教されたでしょうね!(^^
先生のお墓も近くにありますので、じっと見ておられたかも・・おお、コワイ!
それはともかく、今後のご研究の発展を祈念しております。
益富地学会館の”鉱物鑑定士”試験は昔からアマチュア鉱物家の登龍門です。
合格率も50%以下なので、小生はまず合格しないでしょうね。
昔から微妙な鉱物の肉眼鑑定は苦手です。
だれでもわかる銅鉱石が一番好きですね。
これからも、別子銅山中心に頑張ります!
情報を交換しあいましょう。
こちらこそ、今後とも、よろしくお願いいたします!
では。
益富地学会館
投稿者:
弐壱
投稿日:2012年 5月17日(木)04時26分28秒
返信・引用
酒井です。
大黒間符は発見しましたよ。で、大黒間符から大和間符の方向に向け真っ直ぐに藪の中を突き進んで見ました。本来は踏み荒らしてはいけない場所だったようですが、距離観はつかめました。
益富地学会館は一昨年までは私も会員でした。
歴史には興味があり少しばかり分かるのですが、こと鉱物に関してはまったく分からないもので、故郷宮崎県の日平銅山の鉱石を数点見てもらいました。
ルーペで見てこれがどうゆう岩石なのかが分かる人には憧れますね。
会館で小学生向けの岩石標本を買ってきました。私の地学レベルは小学生以下ですけれど見捨てずによろしくお願いします。
http://www.sakai11.jp/
Reランドマークタワー
投稿者:
結晶偏頑
投稿日:2012年 5月17日(木)00時08分6秒
返信・引用
早速の調査ありがとうございます。
写真 真ん中あたりの右側の塔は、
上の方にエレベーター建屋みたいなのがくっ付いていて形状は似ていますが、
直ぐ左側の細い煙突は?、近くに塔より高い建造物はなかったので、そうではないように思います。
後に、第2気缶(蒸気工場)の3本集合煙突が近くに建って、見降ろされるようになりましたが。
塔が建設されたのは、「昭和40年8月」(基礎にこの名盤が埋め込まれていましたから)です。
この写真は、地域的に見れば、ずっと御代島よりの、ニトリル工場あたり?に観えますが。
いずれにしても、撮影された頃はまだ塔は無く、開発プロジェクトで実験中でした。
それにしても、この写真 えらく煙っているでしょう。!
夜間長時間露光のせいもあると思いますが、そうなんです。排ガスです。(;一_一)
この当時、高い山の上から見れば、新居浜市自体が煙っていました。
塔が完成直後は、いまだ製造していなかったので、
この工場では一番高い場所だというのと、エレベーターに乗れるので、見学者が大変多かった。
特に、秋祭りの船御幸のときは、休みのとれなかった人が多く登って見物しておりました。
そうだ、秋祭りの写真を捜せば、必ず背景に写っているはず。
昭和50年代の中頃、一時 製造が中止になって塔も解体されるという話がもちあがった。
そのころ開発当時から残っている人物は私だけだったので、そうなれば是非とも、
あの名盤が欲しいと熱望したが、結局 諸事情で製造は継続され、平成になっても塔は立っていた。
魚眼石の写真、トリです。
ピンクの魚眼石、光源が蛍光灯だったので色が薄く写ってしまったが、実物はかなり濃色。!!
晶洞の径は7×8㎝。
観た人が、「あげる言うたら、これを一番に取る」と言うけれど、そんな。!
で、これもまた、戴きもの、感謝、感謝。!!
住友化学のランドマークタワー!?
投稿者:
管理人
投稿日:2012年 5月16日(水)00時55分14秒
返信・引用
結晶偏頑様
おたより、ありがとうございます。
お体の具合は如何でしょうか?疲れは取れましたか?
さて
住友化学の**塔ですが
さっそく、手持ちの写真で調べてみました。
でも、よくわかりませんでした。
50mといえば、相当の高さですから
そんなに苦労しないで見つかると思ったのですが残念です。
日和佐初太郎氏の写真集の中にこれかもしれないと思われるものがありましたので
添付しておきます。
時代は、昭和30年代後半だと思います。
工場群のライトの中に、プラントの反応塔と思われるタワーがそそり立っています。
如何でしょうか?後ろの島影は”御代島”です。
今の”工場萌え”の人が見たら泣いて喜ぶような光景でしょうね!
小生も大好きです。
若い頃、山口の徳山市を新幹線で通過するごとに
出光石油のプラントが美しく輝いていた夜景は今も忘れることができません。
そう言えば、日和佐氏も、愛媛労災病院でお亡くなりになったのですが
最後の作品は、病室から見た菊本工場の夜景でした。
新居浜人にとっては、まさに”こころのふるさと”ですね。
魚眼石の美しい写真をありがとうございます。
今は絶産ですので博物館級の逸品です。
久万町の”おくま饅頭”の本店内にも、綺麗な魚眼石が飾られています。
昔、譲ってもらおうと頑張ったのですが、ダメでした。
さて
今週中に小生のHPを更新する予定です。
連休中は旅行や帰省で忙しく、大幅に遅れています。
今回は、東予に保存されているエクロジャイト標本特集です。
お楽しみに!
では、また。
Re第2火力煙突・次々消えるランドマーク
投稿者:
結晶偏頑
投稿日:2012年 5月14日(月)00時59分24秒
返信・引用
その気で工場地帯をみていたら、さらに消えているものがありました。!!!!!
愛媛工場(当時の新居浜製造所)の御代島寄りにあった**塔である。
10㎞以上離れた我が家の前からもみえていたので、時折 懐かしく眺めていたが、
でも、勤めているときは、正直 家から仕事場が見えるっていうのは、どうかなと、思うこともあった。
それが、ここの第2火力の煙突をみてあらためて見てみると、無い。!!
去年まではあったと思うが、・・・いつか写真を撮って置こうと思いながら果たせなかった。
5m角の細長く、その上部に家を被せたような塔で高さが50mもあった。
作業にあたっていたのは、主に20歳前後の私達で、仕事はきつかったが、
それでも、いろいろなことを遊びにかえて結構 楽しくやっていた。
たとえば二人で作業に上がるときなど、一人が階段で、もう一方はエレベーターで上がり、どちらが先か競争した。
始めは階段が先行するが、途中でエレベーターが追いついてきて、いつも好い勝負だった。
丁度 塔の下に自販機があって、負けたほうがコーラを奢ることになっていたが、
二人揃って呑んでいると、「今日はどっちが勝ったんぞ」と言いながら上司が通り過ぎて行った。
いつも競争をしているのを知っていて、まあ、ある意味 悠長な時代でもありました。
いまだと、どうなんでしょうか、「職場規律がなってない」と言って怒られるんでしょうか。
冒頭に**塔とぼかしたのは、当時 最機密事項だったからで、半世紀も経てば時効だとも思うが。・・・
高度成長期に大型土木工事に欠かせないもので、当時は、造っても造っても需要に足りなかった。
だから、一応 生産予定はあったが、工夫に工夫を重ねて、設計能力の2倍を造るほどになっていたがそれでも足りなかった。
大手の化学会社数社が競っていたが、情報(産業スパイ)合戦も凄かった。
あるとき、いつも大量発注の有った会社から急に注文が無くなったので、
営業が訪ねて行ったら、なんと、同じ塔が建っていたというのである。
そんな具合であったが、その会社も含めて数社の製品を集めて行われる品質試験では、私達のものが抜きんでて優れていた。
だから、売れに売れて、造っても造っても足りなかった訳で、その誇りが、辛くてしんどい仕事を支えていた。
その場を去ってからでも、人間やればできないことはない、と、
若くて馬力のあったあの頃を思い、懐かしく塔を眺めていたものである。
その塔も無くなり、一緒に汗を流した先輩も数年前には潜土の客となった。
懐かしきかなランドマーク。!!
また、魚眼石の写真でも。
なんでも大きければ良いという訳ではないが、
その産地の特性をもっとも表わしたものを収集するのは意味の有ることであり、
そういうことなれば、高殿の標本は、晶洞、結晶も含めたその巨大さである。
上の写真、
晶洞の長径15㎝、重さ13㎏でこれだと大きいとラベルはなくとも、他の産地と見紛うことはない。
下の写真、
薄い束沸石をベースに魚眼石の結晶が乗っていて、今回 紹介するのはくっ付いて無く、ばらけ具合がほどほどで良い。
真ん中の結晶は大きさ6㎝あり博物館級である。
で、これも戴きもので、感謝 感謝!!
Re: 益富地学会館
投稿者:
管理人
投稿日:2012年 5月11日(金)00時17分52秒
返信・引用
jack様
ご意見、ありがとうございます。
小生の至らなさを恥じ入るばかりです。
そうした確固たる信念をインターネットだけでなく
益富地学会館に直接ご介入いただき
より良い組織にしていただくことを祈念いたしております。
それと
誤解があるといけないのですが
「貧しい鉱物少年」とは小生のことです。
あまり自分の過去に触れたくもないのですが
小生が小学生の時、祖父が事業に失敗して
小生の両親も巻き込んで大変な苦労をさせられました。
家も知人に買って貰って、長い間、借家住まいでした。
家だけは、父の執着が強く、後年、無理をして買い戻しましたが
その借金は、今も小生が払い続けています。
当時から鉱物や化石に興味があり、「地学研究」も購読していましたが
会費を払うことができなくなり、お手紙を書いて退会しました。
そのとき、益富先生に励まされ
余剰の「鉱物玉手箱標本」を折に触れて送っていただいたご恩は
今もありがたく先生をお慕い申し上げる根源となっております。
益富先生とはそういう方です。
要らないことを書いてしまいました。
では。
益富
投稿者:
jack
投稿日:2012年 5月 9日(水)09時38分18秒
返信・引用
ちょっと、管理人さんの考え方が気になったもので、失礼します。
「そういうことを思いながら、益富地学会館と思われる記事を読み直しました。
ブログの管理者は「何とか会館」とぼかしていますが
関西で会館と名前がつく鉱物団体は、ここしかないと思いますので同定ができます。」
******別に鉱物では無いので、同定する必要はないと思いますけど。むしろ、これに心当たりのある団体が、これを読んで、もう一度、反省する材料にされたら良いと思います。
「問題の巡検も、今年3月に1泊2日で行われた明延鉱山巡検を指しているのでしょう。
別に益富地学会館はNPOでも何でもなく、普通の財団法人なのですから
いくらにお金を設定しようが、別に非難される謂われはないように感じます」
*******財団法人は、税金などの面で優遇されている非営利団体です。普通の営利団体ではありません。地学研究誌の赤字分を、関係の無い会計団体の利益で埋めること自体問題です。地学研究誌も、もつと、人に読んでもらえる内容にする努力が必要なのでは。
「主催者自らが先に来てめぼしい物を掠め取っている。」というのは
実際にそうしているところを目撃されたのでしょうか?
********これは、事実かと言えば事実です。ただ、会が直接やっているのではなく、関係者の中には、「採集会が行われると採れなくなるから、先に行っておこう」と言う人が居るのは事実です。例え、会員でも、案内が来たら、そこには行かないのが常識です。
また、鑑定に出すと、直ぐに情報が漏れる事も事実です。良い情報が入ったから、発表前に採ってしまおうと言う事も有ります。ただ、会が主導していると言うのではなく、その関係者がやって居る事です。ですから、この会も、こう言う事を正す必要が有ります。私は、危なくて、ここには、鑑定に出しません。
「配られる資料に10円の価値もない。」というのも過激ですね。
何を基準にして言われているのでしょうか?
*******これは、実は大きな問題なのです。著作権にも関係します。僕がやった時は、そこら中の文献から、コピーを取り、それをまとめて案内書を作りました。完全な著作権違反です。でも、採集会の代金は、本当にバス代等に充てられ、全く利益と言う物は有りませんでした。しかも、完全なボランティアです。ですから、誰も、それに対して、苦情もありませんでした。しかし、営利でやれば、当然の事、著作権料が発生します。人の金儲けに対して、無償で、使用許可を出す人は少ないでしょう。
「会費や雑誌(小生もお世話になっている「地学研究」)や書籍発行も
赤字こそすれ、ほとんど利益はありません。
地学会館の入館料もずっと200円のままです。
少々の催しや販売に多少の利益を加算することは仕方がないと思います。
別にボランティアでやっている訳ではありませんし・・」
******需要と供給のバランスで、価格は決まります。それだけの値打ちと言う事です。先ほども書きましたが、別会計の利益で、補てんする事はおかしいです。どんぶり勘定では、全て、良い加減な事になってしまいます。各々、利益の出る体質にしないとだめです。
「問題は、一方的に決めつけてインターネットで発信することではないでしょうか?」
小生も長い間、この趣味をやっていますが、会館に対するこれほどの非難の文章は初めてです。
小生は、ゾイサイト様が仰るような地学会館に関係している訳ではありませんが
一応、知り合いの関係者に事の次第をお伝えしておきましょう。」
********この問題は、益富を改革する切っ掛けになると思います。良い切っ掛けだと思います。
昔から貧しい鉱物趣味の少年に多大の援助をして、日本のアマチュア鉱物界を育ててくれた
益富寿之助先生も草葉の陰で悲しんでおられることでしょう。
小生も悲しいです
*******この貧しい鉱物趣味の少年とは、私の事でしょうか。私は、週に一度の割で一緒に採集に行っていたこともありましたが、別に、金持ちの人と同じに扱って頂きました。貧乏だからと言って、多大な援助をしてもらった事は有りません。そんな差別をされる方ではありません。私は、こんな事を言われて悲しいです。また、氏も、草葉の陰で、本当に悲しんでおられる事でしょうね。
ただ今帰郷中です。
投稿者:
紫方解石
投稿日:2012年 5月 3日(木)22時37分49秒
返信・引用
今日の午前1時に帰りました。
ただパソコンの電源コードを持ち帰るのを忘れてました。
後30分ぐらい分しか電源ありません。
大黒間歩と大和間歩の調査面白そうですね。
見つかるといいですね。
今、山口にいます。
投稿者:
管理人
投稿日:2012年 5月 2日(水)22時46分17秒
返信・引用
酒井様、結晶偏頑様
ご連絡ありがとうございます。
酒井様、大坂屋敷探索、お疲れ様でした。
大黒間歩と別子側の大和間歩は、お互いが抜けあった歴史的な場所。
新しい発見があるといいですね。
結晶偏頑様
詳細は、またメールでお伝えします。
記事元はすでに削除されましたので一安心です。
小生、山口に滞在中で
連休後に、またご連絡させていただきます。
とりいそぎ。
(無題)
投稿者:
酒井
投稿日:2012年 5月 2日(水)07時15分56秒
返信・引用
28日からの3日間では大黒間歩は発見できませんでしたが、ネット上に発見、場所はほぼ特定できました。
明日もう一度登ることに決めました。もうしばらくしたら出発します。
今日の午後は住友化学歴史博物館の予定です。
http://www.sakai11.jp
Re第二火力の煙突
投稿者:
結晶偏頑
投稿日:2012年 5月 2日(水)00時23分41秒
返信・引用
有りましたねえ。
あの頃はごくごく普通の眺めでした。
モクモクと立ち昇る煙は高度成長期の思い出につながります。
私が入社したころも、工場歌に「・・・煙渦巻き昇るとき思え国家の隆盛を・・・」と言う一節があり、
式などでは声高らかに歌っていましたが、途中で歌われなくなりました。
そうなんです。 あの煙は大気汚染の元凶ということになって、
「民のカマドは賑いにけり(少し意味はことなりますが)」と喜んでばかりはいられなくなりました。
でも、勢いのあった時代につながる、懐かしきかなランドマーク。!
「文は人なり」
匿名性をいいことに、何を書いても好いと言うものではないですから。
誰が書いたかはいずれわかるものです。
そのとき、ちゃんと責任を執る覚悟はあるのでしょうか。
俺は、これだけの情報力と知識があるぞ、と言いたいのでしょうが。
「文は人なり」、人格、識見、素養、読んでいれば垣間見えてきます。「文は人なり」が。・・・
下の写真は「高殿の魚眼石」で、戴きものです。
晶洞の長径16㎝、重さ11㎏まさに博物館級。
(対照に置いたコインのなんと小さいことか)
高殿といえども、これだけのものを得るのは至難。
感謝感謝。!!m(__)m
新居浜第二火力発電所の景
投稿者:
管理人
投稿日:2012年 4月23日(月)01時05分5秒
返信・引用
管理人です。
本日、1年ぶりに「別子鉱山 絵葉書集」を追加しました。
題名は、「新居浜第二火力発電所の景」です。
http://www.shikoku.ne.jp/mineral/niihama-e11.htm
戦後、「菊本の4本煙突」として
市民に親しまれた新居浜の名物煙突でした。
今は跡形もありません。
懐かしんでもらえれば幸甚です。
とりいそぎ。
Re: 益富地学会館
投稿者:
管理人
投稿日:2012年 4月19日(木)19時12分5秒
返信・引用
ゾイサイト様、お久しぶりです。
メール拝見し、問題の記事も確認いたしました。
小生も、鉱物を収集している立場上、意見を言える立場ではないし
あまり関わりたくもないことなのですが・・
実は小生も過去に一度
鉱物盗難に対する個人的な非難を、この掲示板でしたことがあります。
しかし、愛媛石の会のD氏から
「教育者たる者がそんなことをしないで、もっと他のことに打ち込んでください。」
という嗜めを頂き、赤面の思いをしたことを思い出します。
実際に見ていないことを、噂や又聞きだけで非難することは決して宜しくないと悟りました。
まして、不特定多数の人が見るサイトやブログでは特に慎むべき行為だと思います。
曲がりなりにも教育者たるものが行うのは、小生も含めて特に非難されて当然です。
そういうことを思いながら、益富地学会館と思われる記事を読み直しました。
ブログの管理者は「何とか会館」とぼかしていますが
関西で会館と名前がつく鉱物団体は、ここしかないと思いますので同定ができます。
問題の巡検も、今年3月に1泊2日で行われた明延鉱山巡検を指しているのでしょう。
別に益富地学会館はNPOでも何でもなく、普通の財団法人なのですから
いくらにお金を設定しようが、別に非難される謂われはないように感じます。
「主催者自らが先に来てめぼしい物を掠め取っている。」というのは
実際にそうしているところを目撃されたのでしょうか?
文面に「・・だそうです。」とあるのも気になります。
噂や又聞きで非難されているのであれば、「うわさの2ちゃんねる」と同じレベルの非難で
確固とした証拠がなければ逆に名誉毀損で訴えられてもおかしくないと思います。
「配られる資料に10円の価値もない。」というのも過激ですね。
何を基準にして言われているのでしょうか?
まあ、「メクソ、ハナクソを笑う」になるので、これぐらいにしておきますが
益富地学会館の方はどう受け取るでしょうかね?
小生なら憤りより、とても悲しむと思います。
こうした会館を維持するだけでも大変な苦労があると聞いています。
会費や雑誌(小生もお世話になっている「地学研究」)や書籍発行も
赤字こそすれ、ほとんど利益はありません。
地学会館の入館料もずっと200円のままです。
少々の催しや販売に多少の利益を加算することは仕方がないと思います。
別にボランティアでやっている訳ではありませんし・・
2日に亘って楽しく鉱物採集できれば安いものだと考える人も多いでしょうに・・
このあたりは、個人の認識に差もありますので、どちらが悪いとかの問題ではありません。
問題は、一方的に決めつけてインターネットで発信することではないでしょうか?
小生も長い間、この趣味をやっていますが、会館に対するこれほどの非難の文章は初めてです。
小生は、ゾイサイト様が仰るような地学会館に関係している訳ではありませんが
一応、知り合いの関係者に事の次第をお伝えしておきましょう。
昔から
貧しい鉱物趣味の少年に多大の援助をして、日本のアマチュア鉱物界を育ててくれた
益富寿之助先生も草葉の陰で悲しんでおられることでしょう。
小生も悲しいです。
とりいそぎ。
益富地学会館
投稿者:
ゾイサイト
投稿日:2012年 4月17日(火)12時27分34秒
返信・引用
こんにちは。
管理人さんのホームページ
いつも、楽しく拝見させていただいております。
さて
最近、管理人さんも関係しておられる
京都の益富地学会館を非難中傷していると思われるブログを発見しました。
詳しくはメールでもお伝えしますが、管理人さんはどう思われますか?
これは益富地学館に対してはなはだ失礼ではないでしょうか?
輝安鉱入り水晶
投稿者:
管理人
投稿日:2012年 4月11日(水)01時40分27秒
返信・引用
結晶偏頑様
市之川鉱山の
輝安鉱入り水晶を入手できてよかったですね。
不思議なもので
輝安鉱に水晶が付着?している標本はザラになるのですが
輝安鉱が水晶の中にあるのは非常に稀です。
おそらく、アンチモンと石英の融点の違いによるものでしょう。
最近、市之川鉱山の輝安鉱入り水晶が市場にでていますので
小生も一個、手に入れました。
まあ、マイクロマウント程度の小さいものですが
水晶の中で妖しく輝く輝安鉱の美しさに
今さらながら、感動いたしました。
市之川のヌシと云われた鉱山長、矢野弥蔵氏のお話によると
同じ鉱山でも、”ヒ”(鉱脈)によって水晶の付き方に差があって
輝安鉱を見ただけで、何処の鉱脈で採れたかを言い当てることができたそうです。
そうした市之川に精通した方々も、ほとんどが鬼籍の人となり
すでに過去の伝説になってしまったのは寂しいことです。
ところで
小生は、最近、五良津のV字双晶ルチルを手に入れました。
これも、マイクロマウント的な小さなものですが
感動しています。またHPにupしたいと思っています。
小さくてピンボケですが写真を添付しておきます。
では。
散り初め
投稿者:
結晶偏頑
投稿日:2012年 4月 9日(月)23時18分9秒
返信・引用
今年は満開の花の下でしたたか酒を呑みました。
満開を持ちこたえた桜も、今日はハラハラと散っております。
西条市の郷土博物館で、輝安鉱入り水晶を初めて見たとき、その豪快さに目を見張りました。
今もっている水晶が市ノ川産であることを補強するためには、
どうしてもこれを手に入れたいと念じていましたが。・・・
お目にかかるものはいずれも、
「針入り」程度のか細いものでしたが、・・・ついに出てきました。 2個も。!!
期待に違わぬ豪快さで、さすがにこれだけ軸が大きいと、
水晶の中に抱え込むことは叶わなかったらしい。
農家の納屋の奥深く、乾燥した冷暗所が幸いしてか錆びも無い。
それにしても、この明治生まれの鉱夫はよほど水晶が好きだったのか、
輝安鉱は一つも残していなかったそうである。
待った甲斐がありました。 これで一区切りつきました。
大坂屋敷について
投稿者:
管理人
投稿日:2012年 4月 7日(土)16時03分55秒
返信・引用
貳壱様
管理人です。
小生の拙いサイトをご高覧賜り、お礼申し上げます。
サイトに記載しておりますように
大坂屋ご子孫の方は東京で今もご健在です。
新居浜の「大坂屋敷」は、地名は存在していると言えばしていますが
行っても何もありません。
「馬道」という当時の木炭の運搬道上にある”ホノギ”(山中の小字のようなもの)に過ぎませんが
江戸時代は、おそらく炭宿という馬方の中継所があった可能性はあります。
しかし、それとても、今は跡形もありません。
地名の源は、大坂屋が鉱脈の探鉱をした場所と伝えられていますから
別子ゆかりの地名として、立て札などを立てて大切にしたいところです。
「山村文化第3号」は、新居浜の別子銅山記念図書館には蔵されていますが
大坂の中之島図書館などにあるかどうかは不明です。おそらく無いでしょう。
よろしければコピーしてお送りしますが・・
またご連絡下さい。
それと大坂屋敷に行きたい、とのことですが
そこに至る自動車道はなく
大永山トンネル別子側出口の登山口や
別子銅山(銅山峰)登山口からの1時間以上の登山が必要です。
少なくともハイキング程度の服装は必要です。
詳しい概要がご入り用なら、これもお送りいたします。
小生も大坂屋については、とても興味があります。
別子銅山の資料は、現存のものは、ほとんど住友に有利なように記載されており
特に立川銅山については、住友の色メガネで見ている面が多いので
結構、大坂屋はボロクソに書かれています。 (^^;
中立的な考証をしていくためにも
大坂屋側の史料を探しています。
また、なにかわかれば、ぜひご教示ください。
今後とも、よろしくお願いいたします。
とりいそぎ。
大坂屋敷
投稿者:
貮壱
投稿日:2012年 4月 7日(土)12時56分17秒
返信・引用
はじめまして大阪在住の酒井と申します。
ホームページ興味深く拝見しました。
特に
http://user.shikoku.ne.jp/ichirota/bessi-23.htm
鍔(からみ)のページの「大坂屋敷」ですが、現在でもこの地名は存在しているのでしょうか?
ここに記載されている「山村文化第3号」という冊子はどこで閲覧できますか?
このところ少し忙しいので4月22日の日曜日あたりにその付近に行こうかと考えていますのでよろしくお願いします。
http://www.sakai11.jp
「チタン鉄鉱」の誤字?
投稿者:
管理人
投稿日:2012年 4月 2日(月)23時00分52秒
返信・引用
管理人です。
本日、ある方から
小生の「チタン鉄鉱」の田所博士の言葉の
「それは自分の”感”です。」は、「それは自分の”勘”です。」
の間違いではないのか、というご指摘を受けました。ありがとうございます。ごもっともです。
確かにこうした表現の場合、通常は”勘”が正しいと思います。
しかし、勘という言葉は、往々にして”あてずっぽう”という意味合いが強く
ギャンブル性の高い場合に使われることが多いです。
一方、田所博士の場合は、自分の確固とした理論的根拠に加えて、”もうひとつの何か”という
「理屈では説明しがたい、鋭くものごとの本質をつかむ心の働き=第六感」的なものを
言っている訳で、”勘”とはなんとなく違うような気がします。
とは言え、「自分の感です。」では漢字の使い方は確かに間違っているのですが・・
もうひとつ、お断りしたいのは
実際の映画では「その科学的根拠は何か?」ではなく
「科学者にとって、もっとも大切なものは何か?」と、渡老人が質問しているのです。
もし、田所博士が、通常の理論で日本沈没の説明をしただけでは
「確率が高いというだけで、国民に不安を与えるような扇動はやめるべきだ。」という
返事を用意していたのでしょう。
ところが「それは自分のカンだ。」 という博士の直答は、余りに以外なだけに
次の言葉に窮して押し黙ってしまったのでしょうが、それ以上に
通常の科学者以上の何かを、渡老人は田所博士に見いだして
コイツにひとつ賭けてみようという思いが湧き上がってきたのだと思います。
お互いの第六感が重なり合った、ということでしょうか?
それが結局は、日本民族を最悪の状態から救うことに繋がるきっかけとなるのです。
という次第で、ここは、誤字ながらも「自分の感です。」で通したいのですが
如何でしょうか?
よろしくお願いします。
とりいそぎ。
Re:Re:チタン鉄鉱
投稿者:
管理人
投稿日:2012年 4月 2日(月)15時44分24秒
返信・引用
結晶偏頑様
情報、ありがとうございました。
結晶偏頑様のチタン鉄鉱も立派ですね。
最近は、売り出す愛媛の標本も多くなりましたが
ある程度のグレードがないと
売れ残るようになってきました。
それがいいのか悪いのか・・
結局、グレードを求めてだれも血眼になっているのでしょう。
10年以上前に、五良津で箔状のチタン鉄鉱を見つけて
有頂天になっていた頃が懐かしく思い出されます。
「愛媛閃石」の標本も拝見、小さいながらなかなか立派な結晶ですね。
でも、結晶偏頑様の標本の方が見事ですよ。
ここの原産地もすでに絶産状態のようですから
大切になさってください。なんといっても
収集家にとってそのネームバリューはダントツですから・・
スメクタイトなどの粘土鉱物と断層との関連についても
いろいろと調べられているようで興味があります。
そうした鉱物の種類で、断層にかかる力や変性の大きさがわかると
今後の地震予知にも役立てられるのではないでしょうか?
愛媛でも、そうした研究が活発になってほしいですね。
では。
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