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『福田恆存を讀む會』ご案内

 投稿者:管理者  投稿日:2008年12月30日(火)15時30分29秒
  今後の『福田恆存を讀む會』ご案内
http://hodaka3190.iza.ne.jp/blog/folder/21563/
 
 

十月『福田恆存を讀む會』ご案内》

 投稿者:管理者メール  投稿日:2006年10月 8日(日)19時25分16秒
  前略 十月『福田恆存を讀む會』を以下の通り豫定致しました。萬障繰り合はせてのご來訪、お待ち申上げてをります。

十月:テーマ評論: 全集第五巻所載:【『論爭のすすめ』(「中央公論」昭和三十六年三月號:五十歳著作)】
尚、補助テキストとして、「讀む會テキスト」を使用します。御出席の際は必ずご持參の程お願ひします。ご所持なき方はプリントアウトしますのでお知らせ下さい。

期日:十月二十二日(日曜)注:十三時~十七時の四時間。
場所:千葉縣:東西線南行徳驛附近。
會費:三百圓
*參加ご希望の方はお知らせ下さい。

http://www.geocities.jp/sakuhinron/page024.html

 

小生(吉野)の見解

 投稿者:管理者メール  投稿日:2006年 9月18日(月)17時19分25秒
編集済
  まず、十月他の『福田恆存を讀む會』のご案内を先にさせて戴きます。ご都合がつきご參加されますことを願つてをります。(詳細はご參加のメールに返信させて戴きます)
*十月二十二日(日)東西線:南行徳驛側(十三時~十七時)
*十一月十二日(日)JR総武線本八幡附近(十二時~十六時)
注:九月につきましてはこちらをご覧下さい。
http://blogs.yahoo.co.jp/sakuhinron/folder/69991.html
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
 「匿名希望」樣、貴重なご意見ありがたうございます。
 この三年ほど『福田恆存を讀む會』に携わつてゐまして、思ひますことは恆存の思想は日本人には理解出來にくいのではなからうかと言ふことであります。多分氏自身もその事はご納得の上で活動なさつてをられたのではなからうか、とも思つてをります。よく氏が言ふ處の「悲観論と楽観論の二元的兩立」がそれを物語つてゐる樣に思はれます。
 尚、小生が恆存を愛讀してきて思ふ事は以下の通りであります。
 『仏道を習うと言うは自己を習うなり』と言ふ道元の言葉がありますが、それに似せて言ひますと、福田恆存を學ぶと言ふは自己の「精神の近代化(個人主義の確立)を圖る事なり」、そしてその上に更に、西歐では既に危殆に瀕してゐる「個人主義」を、その限界を超えるべく、恆存の思想「完成せる統一體としての人格」論を探究する事にあり、と思ふのであります。さう思つて、貴兄文を拜讀し考へました事を以下述べさせて戴きます。

*「福田氏の事で一番考えるのは、晩年の福田氏は幸福だったのかなぁという事です。孤立していたし、応援される知識人もいましたが、殆どの知識人からは避けられていたような気がします」について・・・
 先日ご案内しましたHPの頁文を轉載します。

《遠藤浩一氏著「福田恆存と三島由紀夫『戰後』」を讀む》から一部抜粋。
  http://www.geocities.jp/sakuhinron/page062.html

 真の自己劇化(演戯)とは、「何とかして絶對なものを見いださう」とする行爲である、とも恆存は言つてゐる。即ち、その熱情で關係の眞實を生かしながら、人格を「テキスト十圖」(http://www.geocities.jp/sakuhinron/page056.html)の如く「完成せる統一體」として築城していく行爲と言へるのではなからうか。その事を恆存の別評論にある文章を借りて言へば、「ハムレットは、これが宿命であると納得のいく行爲の連續によつて、自己の生涯を滿たしたいと慾して」ゐた、といふことになる。
 此處まで書いてきた時、さう言へば恆存の生き方にも将にこれが貫道してゐるのでは、とはたと小生は思ひ到つた。と同時に恆存の以下なる文章が浮かんできたのである。
 「いはばコップから水を飲むことすら完成せる統一體の一構成分子たらしめることだ。文學者とは(中略)たんなる現實の素材に意味的聯關を與へるやう強烈な意識をもつて、その生活を主題的に統一して生きぬかうとする人間のことにほかならない」(全二P297『急進的文學論の位置づけ』)。

 上記中の恆存文から察しますに、氏は「これが宿命であると納得のいく行爲の連續によつて、自己の生涯を滿たし」、その樣な「完成せる統一體としての人格」論を身を以て演じたあと死に際しては、芝居と同じ樣に自己の人生を「一晩の芝居を見終わつた後、装置を排除した舞台空間に配置よろしく(「完成せる統一體としての人格」の)堂塔が聳え立つて見え」たのでないでせうか、と小生は思ふのであります。

〔參照文「シェークスピア劇のせりふ」より)
「芝居は造形美術。台本は設計図、それにしたがひ、一つ一つのせりふ、一つ一つ場面、登場人物一人一人の役割、さういふものの積み重ねによつて土台、柱が、正面入口が、窓が造られて行き、一晩の芝居を見終わつた後、装置を排除した舞台空間に配置よろしく堂塔が聳え立つて見えるかどうか、それが見えねばならぬ筈だが」
 

取り急ぎ御禮

 投稿者:管理者メール  投稿日:2006年 9月17日(日)09時15分54秒
  「匿名希望」さま。傾聽に値するご意見感謝申し上げます。
現在繁忙のため、一兩日中にご返事させて戴きます。
 

御返事をくださり、有り難う御座います。

 投稿者:匿名希望  投稿日:2006年 9月16日(土)01時01分14秒
   管理人様、丁寧な御返事をくださり、有り難う御座いました。福田恒存氏の『幸福論』関係の文章は、相当繰り返し読んで来たつもりでしたが、ご指摘してくださった管理人様の記述を拝見しながら、まだまだ自分も読みが未熟だったなぁと自己反省しているところです。

 リンクの箇所を拝見し、勉強した後で、また掲示板に書きます。勉強会、一度参加してみたいな、と思っています。9月は都合が悪いので、申し訳ありませんが、来月の10月にでも、うかがってみたいと思っております。その時は、よろしくお願い致します。 また時間がある時に、このサイトをうかがってみます。

 掲示板に「福田恒存氏の著作のご感想を」と。福田恒存氏は、あまりにも本当の事を書きすぎたと思っています。あまりにも本音で勝負され、物事の筋を通され、その結果、随分と多くの読者を失ったはずです。全集にしても、現在では殆ど読まれていません。
 時々、福田恒存氏の文章にしても、高弟の松原正氏の文章にしても、読みながら、読まなければ良かったなぁと思う事があります。あまりにも本質論なので、読んだ後で、モノが見えすぎるからです。結果的に、それが原因で、政治的不賢明に突っ走ってしまう事もあるし、周囲を高見から見るような時もあるし、意味慎重な文章に直面して思い悩む事もあるからです。

 みんなで仲良く、気軽にのんびりと生きる、そういう人は福田恒存氏の文章を読むと、後悔する事になるような気がします。福田氏の事で一番考えるのは、晩年の福田氏は幸福だったのかなぁという事です。孤立していたし、応援される知識人もいましたが、殆どの知識人からは避けられていたような気がしますし、シェイクスピアの見事な翻訳にしても、セリフに美しさがない小田島氏などが勢力を保っているし。

 現在の読者や後世の読者に、どうしても物の大事を伝えなければいけない、という意識を晩年まで持っていたでしょうが、しかし同時に、自分の言論は、日本の大多数の読者には伝わらないだろう、という絶望も持っていたと思っています。『国語教室』にしても、「50年後には、必ず正統表記が見直されるだろう。」という確信的な信念を持っていても、現在の日本語は大きく乱れて、もうどうにもなりません。僕も個人的な文章には正統仮名遣いを使用していますが、こういう掲示板などで正統仮名遣いを使用していると、「荒らし」的な嘲笑が待っているし。

 福田氏が我々に伝えようとした事は、いったい何だったのだろうと、そういう気持ちがしています。人間の本質論、人間の普遍的真実を語られましたが、あまりにも読者が少ないなぁと、そんな気持ちです。いずれ、いつの時代か、福田氏の文章が、もう一度見直される日が来るものでしょうか。「信じる」、自分にとっては信仰なんてどうでも良いです。いずれ、この日本で、もう一度、福田氏の文章が読み直される、自分にとっては、この一事だけが本当に「信じ」たい事柄です。
 

ご來訪感謝申し上げます。

 投稿者:管理者メール  投稿日:2006年 9月14日(木)20時58分21秒
   「『私の幸福論』について  投稿者:匿名希望」さん、ご來訪感謝申し上げます。ご返事が遅くなりましたが、以下お問ひ合わせの件につきまして、ご案内申し上げます。

*匿名希望曰く「福田さんは、どういう意味で、『神を信じる事です』と言ったのか。この場合の『神』の意味が分からない。「信じる」という、その行為そのものの意味、これが分からない」について・・・
 恆存の此處で言つてゐる「神を信じる事です」の「神」とは、クリスト教の神とか、神道の「神」とかを特別に指して言つてゐるのではないと小生は思ひます。それについては、以下の恆存の言が參考になると思ひます。
 恆存曰く。「私はクリスチャンじゃありませんけれども、なにか人間を越えるものの大きな力、それを歴史となづけようが、自然となづけようが、神となづけようが、さういふものを信じてをりますから・・・」〔p169「反近代について」対談(香山健一との)-生き甲斐といふ事ー〕。
 その事について更に詳しくは小生HP(「福田恆存における『全體・絶對』」)をご參照下さい。
  http://www.geocities.jp/sakuhinron/page018.html

 そして、其處で恆存が言ふ「全體・絶對(神・自然・歴史)」が、氏の晩年に日本人に提言してゐる「完成せる統一體としての人格」論の中で、どう言ふ役割をそれが持つてゐるかを探究してみて下さい。
 その事を理解する手立てとして、是非以下の小生拙文並びに其處で參照として上げてゐる恆存評論をご高覽下さい。さうすれば必ずや質問の答へとしてご納得されることと存じ上げます。
 http://www.geocities.jp/sakuhinron/page062.html(《遠藤浩一氏著「福田恆存と三島由紀夫『戰後』」を讀む》中の參照文章)
 http://www.geocities.jp/sakuhinron/page037.html(福田恆存の「個人主義」観)

 そして更に願はくば、小人數の集まりではありますが『福田恆存を讀む會』にご參加戴ければ、洵にもって幸甚と存じ上げます。
 

「私の幸福論」について

 投稿者:匿名希望  投稿日:2006年 9月14日(木)04時36分8秒
   今夜は徹夜の仕事で、ちょっと休憩していたら、このサイトにたどり着きました。福田恒存さんの研究サイトなんですね。自分は、全集8巻、全部持っています。個人的には、全集2巻のロレンス論やサルトル論が好きですね。

 こういう事を書いてみようと思います。「私の幸福論」で、最終章で、「最終的には、神を信じるという事です。この信じるという美徳をなくして・・・」という記述、あれは実に難解ですね。まず、幸福と快楽との把握の仕方が難しい。そういう事も言えるかも知れないけれど、幸福の対義語は「不幸」ですし、快楽の対義語は「不快」。そして、幸福=落ち着き、快楽=便利という「消費ブームを論ず」(全集5巻だったはずですが)での把握も、極めて難しいですね。

 福田恒存さんの研究サイトなので、こういう言い方は意地が悪いと受け取られ兼ねませんが、一つだけ福田恒存さんの批判をすると、福田さんは、どういう意味で、「神を信じる事です」と言ったのか。この場合の「神」の意味が分からない。「信じる」という、その行為そのものの意味、これが分からない。小林秀雄さんにも「考える事と信じる事」というような講演録がありましたが、「信じる」とは一体、どういう事なのでしょうね。これは本当に難しいと思っています。機会があった時に、また来ます。
 

ブログご紹介《心の羅針盤 》

 投稿者:管理者 吉野から  メール  投稿日:2005年 6月21日(火)08時09分40秒
  《心の羅針盤 》注:小生ブログ「リンクコーナー」上にURLが上手く掲載できませんでしたので此方に載せました。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
〔タイトル〕
「平和論に対する疑問」を読む・2~運動の問題~
福田恆存は、戦後日本の平和運動をはじめとする「市民運動」にまつわる不自由を、米国の軍事基地における児童教育を例にして、こう述べている。 ...続きを見る
トラックバック / コメント
2005/06/19 12:42
「平和論に対する疑問」を読む~「知らぬ」という智...
福田恆存が、平和論を唱える進歩的文化人を批判した論文「平和論に対する疑問」は、昭和29年「中央公論」に掲載され、当時大きな反響を呼んだ「いわく付き」のものである。しかし、この論文は進歩的文化人批判の枠を超えて、私たちにとっても学ぶべき所の多いものである。福田恆存は、この論文の中でこう述べている。 ...続きを見る

http://aratama-kouki.at.webry.info/

 

吉野様へ

 投稿者:新霊光輝  投稿日:2005年 6月20日(月)09時48分41秒
  リンクありがとうございます。
私は立派な福田恆存論を展開するほどの能力は残念ながらありませんので、自分が福田恆存を真摯に読んで感じた事をブログに書いてみようと思っています。
これからも、頻繁に立ち寄らせて頂きますので、御教授よろしくお願いします。

http://aratama-kouki.at.webry.info/

 

新霊光輝樣へ

 投稿者:管理者 吉野から  メール  投稿日:2005年 6月19日(日)19時20分16秒
  ご開設おめでとうございます。
勝手ながら以下の通りリンクさせて戴きました。
ただ、どうしても「URL」が掲載できません。
後日再試行してみます。

http://blogs.yahoo.co.jp/sakuhinron/5226498.html?p=1&pm=l

 

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