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“尖閣諸島切手”発行顛末記

 投稿者:管理人  投稿日:2011年 9月29日(木)07時59分3秒
返信・引用
  トピック 知られぎる  沖縄切手発行裏ばなし

“尖閣諸島切手”発行顛末記

-略-

 ◇幻の鳥・アホウドリを描く切手

 沖縄返還の約1ヵ月前、美しい沖縄の海を描いた「海洋シリーズ」(上)が、立て続けに発行されました。沖縄在住で、尖問諸島の歴史を研究調査している国吉真古(くによしまさふる)さんは、第3集の「海鳥」を見て、あることに気づきます。どこの島とも記述はないものの、その断崖の様子から、直感的に尖問諸島とカツオドリを描いたのではないだろうか…と考えたのです。
 ところが、切手の原画を担当した安次富長昭(あしとみちょうしょう)画伯に確認したところ、「いゃ、あれはアホウドリですよ」という驚くべき返答がありました。実は、この切手発行の前年、絶滅が危惧され、日本では鳥島(伊豆諸島)のみに生息するアホウドリが、尖開諸島で確認されていたのです。沖縄の海にアホウドリならば、この島は尖閣諸島以外にはありえません。


[写真]
切手原画作者 安次富長昭(あしとみちょうしょう)


[写真]
アホウドリの剥製制作者  友利哲夫(ともりてつお)


[写真]
琉球郵政庁郵券課長(当時) 浜元暁男(はまもとあきお)





◇剥製と写裏をモデルに作画

 琉球郵政庁は安次富氏へ、描く鳥は「アホウドリなり」と注文をつけます。しかし、珍鳥であるため、画伯も実物を見たことがありません。そこで、渡嘉敷真球(とかしきしんきゅう)前郵政庁長自らが、アトリエにアホウドリの剥製(左ページ)を届けにきました。
 このアホウドリは、今も沖縄の本部(もとぶ)町立博物館に保存されています。剥製を作ったのは、ヤンバルクイナの発見者で、鳥剥製作りの名人だった友利哲夫館長(元名護高校教諭)。これはワタリアホウドリといい、本来は日本にはいない種類。たまたま遠洋漁船の船員が捕獲したものですが、切手の参考モデルとなりました。
 ただ、センカク諸島で“生息”しているのはクロアシアホウドリ、翼を休めていたのはアホウドリです。そこで、琉大調査団から写真を借りたり詳しい説明を受けて、青い海と険阻な断崖、そして、空を飛翔し岩場で戯れるアホウドリたちのイメージが完成したのだそうです。



◇琉球郵政人の心意気

 さらに国吉さんは、当時の琉球郵政庁郵券課長・浜元暁男氏を訪ねます。浜元さんは、切手発行に伴う日米両政府のクレーム処理も担当していました。
 琉球郵政最後の切手「切手趣味週問(嘉瓶・ゆしびん)」に、“Fina Issue”と世界に例のない付記をしたり、人気の切手発行数を増やすよう建言したりと、情熱家で剛胆だった浜元氏は、横やりさえ受けなければ大丈夫だと、首脳幹部のみの機密プロジェクトで発行を計画。第3集「海鳥」だけでなく、第1集「夕陽と島」でも別の目論見を抱いていました。
 原画写真を撮るならば、岩骨怪巌の魚釣島の雄姿が望ましい。海上に突き出た島影だけでは、どこの島かは判らない…と、原画技官を2週間の出張に出したのです。しかし、天候不順で尖閣諸島までたどり着かず、やむなく第1集は「慶良問の海と島」が題材となりました。
 沖縄返還を前に、日米両政府とも緊張状態だった当時。特に米政府は、当初の返還協定で尖閣諸島を含めることを渋ったこともあり、状況は非常に緊迫したものでした。
 そこから、国吉さんは“当時の郵政人の尖閣にかける想い”を感じています。一般的な『海と海鳥と島』として巧みに企画を進め、琉球郵政庁が権限を持っている間に尖閣諸島を現した切手を発行することは、彼らの心意気であり悲願だったのではないだろうか…と。 (文責・編集部)


[協力:尖閣諸島文献資料編纂会/國吉真古/参考資料:「尖闇研究」】]

切手を楽しむ雑誌 「郵趣」☆2011年9月号6・7頁

 
 

石垣市の「尖閣諸島開拓の歴史と自然展」について2-「尖閣研究」より

 投稿者:管理人  投稿日:2011年 8月10日(水)19時50分23秒
返信・引用 編集済
  5.尖閣諸島に関する研究
1939年の正木住民の尖閣諸島調査論文と掲載の写真、写真アルバムを、また、これまで複数の調査団が訪れていながら、調査研究成果は、一般に目にすることは少ないとして、「琉球大学尖閣列島学術調査報告書1971」他6冊を現物を展示。
 1971年の琉球大学調査団がアホウドリを発見、このアホウドリと尖閣諸島をモチーフにして琉球郵政庁が「海洋シリーズ第3集切手」を発行した。この切手とその解説シートを展示。


6.戦後の尖閣諸島
1968年にエカフェの調査で尖閣諸島一帯に豊富な石油資源が埋蔵されている可能性が報告されると、領土問題が噴出、中国の人民日報』に「琉球群島に尖閣諸島が包括される」と記された記事や琉球政府の「領有権」声明などを紹介。尖閣諸島研究家で郷土史家・故牧野清コレクション17冊を現物展示。


7.尖閣諸島の自然
 ここでは琉球大学資料館・風樹館、所蔵の液浸標本や山階鳥類研究所、鹿児島県立大島高等学校所蔵のアホウドリ剥製やデコイなど、を展示。尖閣諸島文献資料編纂会、宮良祐次氏の協力による魚釣島の貴重な植物の現物展示のほか、新納義馬民らが撮影した尖閣諸島に棲息する固有の動植物、自然景観に関する写真パネル90点近くを展示、さらに尖閣諸島にしか棲息しない貴重な動物や、植物の写真をはじめ、各島々の地形、植生等を把握するためのパネル展示。このうち、センカクツツジ、センカクカンアオイ、イリオモテランは、現物と開花時の写真を展示、また、各島々の大凡の撮影ポイントを地形図上で示し、島の様子をわかりやすく紹介。





尖閣諸島の自然コーナーでは、動植物をパネル写真で紹介



 中央はイリオモテラン右はセンカクツツジ
 後方右はセンカクカンアオイ
 (写真4、下に添付)



 後方左はアホウドリの剥製右は同デコイ
 前方2つはシュウダの液浸標本
 (写真5、下に添付)





8.失われつつある自然
 尖閣諸島に残された固有の動植物、そして豊かな自然。しかし、これらが近年、危機にさらされている。魚釣島には1978年につがいのヤギが持ち込まれ、以来、繁殖。ヤギによる食害は大きく、年代ごとに展示写真を比べると、緑が極端に減り、石積みが崩壊していくようすがわかる。研究者からは、固有種の絶滅が心配され、危機的状兄にある魚釣島を紹介。



ロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロ

(上記の引用は原文そのままではありません。ブログに引用する上で読みやすいように数カ所変更しています。)


「尖閣研究」の注文先は以下の通りです。
是非この書に込められた熱意をくみ取って頂き、買い求められて、尖閣諸島問題を考える一助になされて下さい。


「尖閣研究」

値段 1200円

発行:尖閣諸島文献資料編纂会

住所:住所沖縄県那覇市大道40番地
FAX :098-884-1958




 

石垣市の「尖閣諸島開拓の歴史と自然展」について-1 -「尖閣研究」より

 投稿者:管理人  投稿日:2011年 8月10日(水)19時40分26秒
返信・引用 編集済
  236ページ


2.石垣市の「尖閣諸島開拓の歴史と自然展」について

 石垣市は、2011年1月14日~16日、「尖閣諸島開拓の日を定める条例」の制定を記念して、「尖閣諸島開拓の歴史と自然展」を開催した。準備が短期かつ初の試みにも関わらず、展示内容、構成ともに充実したものであった。展示期間3日間で、見学者が800名を超え、大好評だったという。同展は、これからの尖閣諸島に関する展示を行う際の大いに参考になろう。
 このようなことから「尖閣諸島開拓の歴史と自然展一展示概要報告」(石垣市2011.1)をもとに、展示の概要を紹介する。


(1)展示構成
 展示は1~9のテーマで構成された。
 下記に各テーマの趣旨と展示内容を示す。



 石垣市民会館展示ホール会場展示光景奥のテーブルには現物が展示



1.尖閣諸島に関する古い地図や地勢に関する論文。
 展示の導入部分にあたり、明治時代に描かれた地図を紹介、比較的古い時期に書かれた尖閣諸島各島の地勢に関する文献、黒君恒の「尖閣群島」論文などを展示。

2.尖閣諸島関連年表
尖閣諸島関連のできごとを記した年表と、それに関連した資料や古賀辰四郎の顔写真や石垣市が魚釣島に建立した領土標柱、琉球政府が建立した警告板とその作業風景などを展示。



3.日本領土編入の流れ
 明治18(1885)年の「沖縄県卜清国福州トノ間二散在スル無人島へ国標建設ノ件」など、関連する史料、及び明治28(1895)年1月14日に沖縄県の管轄として、尖閣諸島へ標杭を打つことを閣議決定し、1月21日に沖縄県に指令した資料、明治29(1896)年3月5日に勅令第133号で沖縄県への正式編入が公示されたなど、日本国の
領土へ編入されたことを示す資料を展示。



4.古賀辰四郎による開拓
 明治29年9月に古賀辰四郎へ尖閣諸島開拓の許可が下りる。のち古賀氏は藍綬褒章を受けた。



 古賀氏開拓時代の写真(「藍綬褒章下賜ノ件」添付写真)を展示



 開拓の様子が記されている「古賀辰四郎へ藍綬褒章下賜ノ件」と黒岩恒の「尖閣列島談」など当時の資料を展示。
 また中華民国9(大正9)年、駐長崎領事から贈られた「感謝状」が2通、石垣市立博物館に保管されている。当時の石垣村長豊川善佐と石垣村吏員玉代勢孫伴宛である。写真とレプリカを展示。





 右の掛け軸は豊川氏宛「感謝状」レプリカ 左は玉代勢氏宛感謝状写真



 

良書紹介

 投稿者:管理人  投稿日:2011年 8月 2日(火)19時48分23秒
返信・引用
  この度、尖閣諸島文献資料編纂会により「尖閣研究」が出されました。
「尖閣研究」は2007年、2010年に続いての第3号となります。
今回は本の大きさがA-5サイズと小さくなり、
中身も多彩で尖閣問題に注目している人間なら
誰でも興味を持って読んでもらえる内容であり、
是非とも皆さんに読んで頂きたい一冊であります。


ロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロ

「尖閣研究」
値段 1200円
発行:尖閣諸島文献資料編纂会
住所:住所沖縄県那覇市大道40番地
FAX :098-884-1958

ロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロ


◎目次は以下の通りです。

尖閣諸島周辺略図

Ⅰ章 尖閣諸島の自然と生物相
 1.自然と生物相の概要………………………………………………1
   各論 ①魚釣島 ②北小島 ③南小島
   ④黄尾島 ⑤赤尾島
   尖閣諸島の生物相の特徴

 2.魚釣島のヤギ食害と植生被害…………………………………30
   2-1.問題点と課題
 3.南北小島のアホウドリ……………………………………………44
   3-1.問題点と課題

Ⅱ章 尖閣諸島の学術調査の歴史と成果

 1.学術調査の概要………………………………………………………53
   学術調査の概略史
   主な学術調査の概要

 2.問題点と課題……………………………………………………………67
   学術調査の再開、実施について
   調査研究成果の社会への還元について
   採集標本・写真画像資料の収集・整理・保管について

Ⅲ章 戦前期沖縄の新聞に見る尖閣諸島および
   古賀辰四郎について…………………………………………………77

Ⅳ章 尖閣諸島海域における漁業の概要
 1.戦後の概要
   終戦~復帰………………………………………………………………131
   復帰後~現在……………………………………………………………151

2.問題点と課題………………………………………………………………182
  尖閣漁業の基本資料の整備について
  尖閣漁業の振興について

Ⅴ章 尖閣諸島に関わる情報資源の活用
 1.先島3市町への聞き取り調査
   郷土教育への活用について………………………………………………195
   観光振興への活用について………………………………………………206
   産業(漁業)振興について………………………………………………216

Ⅵ章 施策樹立へ向けて 一試案提言と事例紹介他-
 1.総合利用推進のためのシステム試案…………………………………227
 2.石垣市の「尖閣諸島開拓の歴史と自然展」に
   ついて………………………………………………………………………182
 3.尖閣諸島写真画像資料の収集・整理・刊行事業に
   ついて………………………………………………………………………182
 4.図解:戦後における尖閣諸島南小島周辺での
   鰹節製造……………………………………………………………………182
5.新技術による尖閣諸島における避難港の建設……………………………269






◎はしがき

 研究目的と研究概要

 沖縄県と尖閣諸島との関わりは120年余の歴史を有し、
古賀氏による開拓、沖縄漁民による漁場開発利用、学術調
査団による島の自然・生物相の解明、等々なされ、大きな
成果が積み上げられている。尖閣諸島に関わる斯かる歴
史的体験、知見、研究成果は、貴重な情報資源である。
 本研究の目的は、これら情報資源を、本県の地域振興、
将来施策に活用すると共に、尖閣諸島の総合利用開発を
推進する方策樹立に資することにある。
 該目的に基づき、Ⅰ章は「尖閣諸島の自然と生物相」の
特性を述べ、魚釣島のヤギ食害とアホウドリの2点につい
て、現状の問題点と解決への課題を提起した。
 Ⅱ章は、「尖閣諸島の学術調査の歴史と成果」について
1979年以降、総合学術調査が中断したままであり、斯かる
学術調査再開、さらに過去の学術調査の研究成果の社会
への還元、等々の問題点と課題を言及した。
 Ⅲ章は、尖閣諸島の開拓の歴史に関わる「戦前期沖縄の
新聞に見る尖閣諸島および古賀辰四郎」から、戦前沖縄に
おける尖閣諸島及び同島開拓者古賀氏の具体像を浮き
彫りにし、本県との歴史的関わりの一端を概観した。
 Ⅳ章は、「尖閣諸島海域における漁業の概要」について、
1終戦、2復帰後~現在の尖閣漁業のあらましを述べ、
現在衰頽している間題点と課題を提起した。
 Ⅰ~Ⅳ章に盛られている内容は貴重な情報資源である。
 Ⅴ章は、「尖閣諸島に問わる情報資源の活用」として先島
3市町関係者に対し、①教育、②観光、③漁業(産業)振興へ
の活用について聞き取り調査し、調査結果をとりまとめた。
 尖閣諸島に関してはこれまで国が主体だった。今後は、
真に本県の振興に資するには、地元沖縄県が率先して、
尖閣諸島について総合利用の基本計画を策定し、主導・
推進していく必要がある。斯かる観点から、Ⅵ章の「施策樹
立に向けて─試案提言と事例紹介他」では、「1.総合利
用開発推進のためのシステム試案、2.石垣市の『尖閣諸島
開拓の歴史と自然展』、3.尖閣諸島写真画像資料の収集・
整理・刊行事業について、4.図解:戦前における尖閣諸
島南小島周辺での鰹節製造、5.新技術による尖閣諸島に
おける避難港の建設」を紹介した。



◎表紙の写真の説明文

表紙写真
1979年 沖縄開発庁による尖閣諸島総合調査
旧古賀村跡に設営された魚釣島ベースキャンプ
手前に見えるのは明治期に開鑿された掘割(船着場)
              (新納義馬 1979.5)

 

我が家のセンカクツツジ

 投稿者:管理人  投稿日:2010年 3月12日(金)16時22分22秒
返信・引用
  一昨年買い求めたセンカクツツジがついに咲きました。
一応葉を見て間違いないとは思っていましたが、キリシマツツジとそっくりな花を見て間違いないだろうと思っています。
 

携帯からです

 投稿者:管理人  投稿日:2009年 6月30日(火)06時12分8秒
返信・引用
  下もそうですが、書いていると「あ」「3」が勝手に打ち込まれて書けなくなってしまいます。
申し訳ありませんが、暫くお待ちください。
 

Re: センカクカンアオイの画像

 投稿者:333巻33333333333333333333  投稿日:2009年 6月29日(月)23時28分20秒
返信・引用
  > No.8[元記事へ]

てふてふさんへのお返事です。


> 始めまして。尖閣諸島の植物 センカクカンアオイの項の2・3枚目の画像(ONLINE植物アルバム)の撮影者です。この2枚の画像の削除をお願いします。

了解しました。
既にHP作製ソフトでは削除を致しておりますが、アップする段階になってうまく行きません。その段階でここのところのパソコンの不調はどうもウィルスにやられている為ではないのかと疑いを感じるようになりました。その為にこのパソコンを初期化してウィンドウズを入れ直した上で訂正させていただこうと思います。暫く時間がかかりますがお許しください。333333333
 

センカクカンアオイの画像

 投稿者:てふてふ  投稿日:2009年 6月28日(日)12時12分41秒
返信・引用
  始めまして。尖閣諸島の植物 センカクカンアオイの項の2・3枚目の画像(ONLINE植物アルバム)の撮影者です。この2枚の画像の削除をお願いします。
ONLINE植物アルバムの投稿画像は撮影者に著作権があり無断使用はお断りしております。
又、画像のものは以前からセンカクカンアオイの名で広く流通してはいますが、センカクカンアオイと他の南西諸島産との自然(最悪の場合業者の作為的な)交配種ではないかとの事で、現在ONLINE植物アルバムからも削除いたしております。無責任に間違った情報を流したくありませんのでよろしくお願いします。
 

セーイカ(北小島)

 投稿者:管理人  投稿日:2008年12月28日(日)23時00分15秒
返信・引用
  セーイカ(北小島)
仲間均・牧野清共著「尖閣諸島-尖閣上陸」45頁
 

野生のヤギ(魚釣島)

 投稿者:管理人  投稿日:2008年12月28日(日)22時55分52秒
返信・引用
  野生のヤギ(魚釣島)
仲間均・牧野清共著「尖閣諸島-尖閣上陸」45頁
 

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